こんにちは、ひでゆきです。
最近よく相談に乗るのですが、
自信がない。。。という相談です。
自信がないっていうのは、
自分も昔そうでしたし、
みんな普通にある事です。
それを言ってしまうと
元も子もなのでしょうがないですが、
自信がないってそもそもどこから来るのでしょうか?
Twitterとかでよく見かける、
僕(私)いくらいくら稼いでます!
お気軽にメッセください!
みたいな文言。
めっちゃ自信ありそうですよね。
この自信ってどこから来るんだろうっていつも思っていたんです。
で色々見ていくと、
本当に稼いでそうだなって人もいれば、
本当に稼いでるのかな?って疑問符がつく人もいます。
(あくまで自分か感じた印象です。)
でも、どちらの人も、
めちゃくちゃ自信ありそうに見えます。
これが不思議なところで、
自信があるかどうかは、
その人の実績にはあまり関係のないところから来ている。
という事です。
よく言われてみれば、
子供や赤ちゃんでもめっちゃ自信のありそうな人はたくさんいます。
逆に自信がないっていうのは、
どちらかというと大人によく見られる現象のようにも思います。
(もちろん自信のなさそうな子供もいますが、
もし多数決を取るとしたら、
大人の方が多いかなという印象です。)
じゃあなぜ大人の方が自信なさげな人が多いのか?
これって、大人だからこそ自信が少なくなりやすいんじゃないでしょうか?
大人になればなるほど、
僕らは年相応に経験を重ね、
時を刻むほどにいろんな人と出会います。
いろんな人に会うからこそ、
いろんな人を見るからこそ、
「客観的な自分の立ち位置」
というものを肌で感じていきます。
プロ野球選手は、
高校時代は周りを圧倒して、
地域のスーパースタートして名を馳せた人も、
いざプロ入りすると、
周りのスーパースターたちを見て、
相対的な自分の実力を理解できます。
つまり、
自分の実力や実績は相対的に決まっていくという事です。
学歴で言うところの偏差値なんかもそうですよね。
自分は全体の上から何番目くらいの実力なんだろうか?
みたいな確認の仕方です。
つまり、
人は人と自分を比べる事で、
今の自分の現在位置を知る事ができます。
そうしたら実力がないと自信ってつかないんじゃないか・・・
って不安になると思います。
でもそんなことは全然気にすることないのです。
じゃあ一体なぜ、子供達は自信満々な子が多いのか。
それは周りと比べる絶対的な数が少ないから、
自分との対話によってのみ、
自分を評価しているからです。
自分以外の人をほとんど知らないから、
知っているのは周りの幼稚園児、クラスメイトぐらいで、
そもそもの人数うが少ないから、
周りを気にしていないのです。
周りを気にしていないから、
純粋に自分自身ってどうなんだろう?
って自問自答ができるのです。
自分との対話によってのみ
自分を自分で評価するため、
自分ってやっぱサイコーだよなってなるのです。
子供の頃は良くも悪くも自分以外の人との比較をしない(できない、又はしにくい)ので、
自分が自分をどう思っているかだけを判断基準にする事ができます。
しかし大人になると、
良くも悪くも関わる人が増えるので、
自分以外の人との対話や比較が増えてきてしまいます。
だから自信というのは主観的で絶対的なもので、
他者評価はそこには入れなくていいのです。
「自分が自分をどう思うか」
自信を持つためだからこそ、
自分の心に周りの人を入れない勇気を持つ事が大事なんじゃないかと思います。
子供は関わる人も少なければ、
絶対的な経験値も少ないです。
これは当たり前な事ですよね。
なぜなら生まれてからの時間が大人よりも短いし、
行動範囲もかなり限定されているからです。
子供の頃の行動範囲なんてたかが知れています。
もちろん、親がお金持ちで、
頻繁に子供の頃から海外旅行や、バカンスなどに言っているのなら別ですが。
(でも、あくまで子供目線で見た経験値になるので、
やっぱり、同じ旅行でも大人目線での経験値とは質が違います)
一般的な子供達ん行動範囲は、
家→保育園(又は公園)、→友達の家→家、食事の買い物、お母さんとスーパーとか
の往復がほとんどです。
だから当然、行動量も、行動の種類も、
大人のそれと比べるたら圧倒的に少ないです。
だからこそ逆に失敗も少ない。
と言うより、失敗を失敗と認識していない場合がほとんどで、
失敗した、やっちまった、もうだめだ、どうしよう。。。
みたいなことを思わないと思うのです。
だからこそ、子供は純粋に経験値のみが日々蓄積されていき、
それに伴い毎日が新鮮で、日々新しい事が起き、
それによる失敗なんてないのだから、
子供にとっては毎日が進化日和な感覚だと思います。
だからこそ子供は自信に満ち溢れている。
そして思いついたことをどんどん行動していく。
だからこそ子供はさらに自信がある。
大人になればなるほど僕らは、
周りとの違いを認識し、
世間の常識というものを知っていくし、
だからこそ、自分ってこのままでいいのかなと思いがちです。
うまくいかなくて悩むこともあるだろうし、
やってもダメだったこともたくさんあるだろうし、
だからこそ、
うまくいっている人を
どこか羨望の眼差しで見てしまうこともあります。
そして周りとの違いに自信をなくしていく・・・
でも僕らは自信満々で子供の頃をいきてきたのです。
というか、もはや自信って概念もなく、
日々を全うしてきたはずです。
だからこそ、
大人になったからこそ、
またあの頃のように、
自信を持ってみてもいいんじゃないでしょうか。
子供の頃にできなかったことも、
大人になった今できることなんて山のようにあるはずです。
もし赤ちゃんの時の自分が、
『ダメだぁ。、二足歩行なんてできやしねぇ・・・
もう歩くなんて無理だぁ。。。ままぁ〜』
なんてなっていたら、
今僕らはまともな生活なんて送れていないはずです。
でもそうじゃない。
少なくともこの記事をご覧になっているあなたは、
何かしらこの記事から学びがあるんじゃないかと思って
のぞいているわけですから、
十分に自信を持っていいはずです。
少なくとも成長欲求がなければ、
こんな辺鄙な田舎にあるようなブログなんか見ないはずですから。
だから絶対、自信を持つにふさわしい人なんです。
自信なんて持てないなんて思わなくていいんです。
自信を持てないのは他者との比較をして出てくる言葉ですから。
昔の自分と比べて、過去の自分と比べて、
絶対に今のあなたは成長しています。
そんなことない!と思われたなら、
まだありのままの自分を認められていないだけです。
だから絶対大丈夫。
自信を持つのに根拠なんていらないし、
きっかけも何もいりません。
今この瞬間に、
「はい!自信持てました!」
そう思うだけで自信は持てます。
なんなら、最終的には自信なんて持たなくていいんだってわかってきます。
そうなると何だか矛盾しているようですが笑
子供の頃は強がりも弱がりもせず、
ただ純粋に心のままにいきてきた筈です。
自信って概念すらなかった筈です。
でも周りからは、
元気で自信に溢れているように見える。
そう。
つまり、
自信っていうのは、
相手が自分を見て初めて生じる感情であって、
自分自身一人だけとの対話の中では、
自信なんてものは無いし、持とうとしなくていいのです。
自信そのものは無い。
ただ日々を全うしていく。
それに気づいた時、
周りから見たあなたには本当の自信があるように見えてくる筈です。
つまり、
自信を持とうとすること自体をやめる。
自信を持たない勇気が出た時に、
あなたの心に自信が宿っているように見えてきます。
「自信を持たない勇気」
なんだか矛盾しているようですが、
自信なんてそんなもんなんです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
PS.
僕自身がめっちゃ自信がなくて悩み通してきたので、
自信がない辛さはよくわかります。
でもそれは自身があれば人生逆転できるっていう裏返しになります。
でも、
自信がなくても人生なんていくらでも変えることができます。
「自信を持たない。毎日を全うする。」
自信を持つことの執着が手放せた時に、
自信という名の絶対的安心感が生まれてきます。
ありがとうございました。
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